院長自己紹介

 

 

 

 

 

 

 

院長自己紹介

高比良 健 (たかひら たけし)
長崎市出身  1974年8月生まれ

【 自己紹介 】

◯幼少期〜学生時代

生まれも育ちも長崎市。両親と姉の4人家族。

小さい頃から体を動かすことが大好き。机に向かって勉強した記憶はほとんどありません(笑)おかげさまで、めったに風邪を引くこともない頑丈な体が出来上がりました!

有り余る元気を、スポーツに役立てようと思ってくれたのか、父親のススメで小学5年生の頃から始めた野球は今でも続けています。ポジションはずっとピッチャー(たまに外野手)。目立ちたがり屋で、我の強い性格なもので当然といえば当然ですね(笑)

高校を卒業するまでは、ほとんど野球しかやってきませんでした。それ以外には興味もありませんでした。あ、思春期の頃は女の子にも興味はありましたが、基本部活動での野球漬けな毎日で、勉強なんて二の次でしたね。通学していた高校は進学校だったはずなのですが・・・(苦笑)

おかげさまで、大学受験には1度失敗してます。勉強してないから当然です。でもその後の浪人生活では、1日5時間は超える猛勉強を毎日繰り返した末に志望の大学に無事合格できました。

高校生の頃は偏差値29を取ったことがあります!進学校の生徒が取る偏差値ではないと担任の先生や野球部の顧問の先生にはこっぴどく怒られたのを覚えていますが、自分の行きたくない大学に滑り込むよりも、行きたい大学へ行こうと考えていましたので、現役の頃には受験勉強なんてしていませんでした。

親に頼み込んで1年だけという約束で浪人させてもらい、無事希望する大学に合格。当時入学した大学の学部は、平均偏差値が55と聞いていましたので1年でよくそこまでやったもんだと自分を褒めてあげたのを覚えています。

しかし、大学に入ってからは、勉強漬けの毎日から解放された安堵感からか、アルバイトや遊びまわる日々。ほとんど学校には行かず、アルバイト。学校に行くときはサークル活動のみ。典型的なダメ大学生でした。。。そんな生活を送っていると当然留年の危機が訪れます。両親にはきつく説教され、仕方なく学校には行きましたが、ギリギリの単位数で、なんとか4年で卒業。全く、何をしに大学へ行ったのやら・・・。大学へ行くのが目標になってしまっていて、先の人生なんて正直考えてなかったんです。

その報いは、その後の人生で味わうことになるのですが。。。

◯就職〜専門学校入学へ

無事4年で大学を卒業。そしてなんとなくの流れで、福岡の企業へ某自動車販売会社へ就職。

なんとなくの流れなので、これでは社会の波に飲み込まれますよね。配属された営業課では、当然のごとく社会の厳しさを味わいます。なかなか良い営業成績があげられない中で、上司からのプレッシャー、同期入社の仲間の活躍、バブル崩壊後の不況の波に飲み込まれるかのように、得体の知れぬ不安感に襲われることも度々ありました。

自分の性格上サラリーマンに向かないのでは?という疑問と、会社と自宅をただ往復するような毎日で、一人悶々と気分が晴れない毎日を過ごしていました。

元来、身体を動かすことが好きで、特にずっと続けていた野球はプレーをする方も観戦するのも今でも大好きです。就職し会社で働き始めるまでは毎週のように草野球の試合などで身体を動かしていました。

ところが就職してからは、毎日帰宅は深夜。朝も新人なので朝一で出勤しショールームの車を磨いたり、くまなく掃除をする。昼間は担当区域での飛び込み営業や、お客様からの急な呼び出しへの対応。土曜日・日曜日などの週末は売り出しのキャンペーンなどがあり、草野球はおろか、運動する時間も取れないという毎日を過ごしていました。

運動することでストレスを発散していた自分は、その時間が取れないことでココロとカラダのパワーバランスを崩してしまい、精神的に落ち込むことも多くなり、いつしか自分が好きだと思って入社した会社へ行くことが億劫になっていました。私の人生において大きな挫折感を味わった、苦しい時期でした。

そんな時でした。

少しでも気分転換にと観戦に行った福岡ドームで、怪我をした選手の元に駆け寄るトレーナーさんの姿を見て「スポーツはできないかもしれないけど、スポーツをする人をサポートする仕事ができれば、毎日楽しいかも…。」と考えるようになり、サラリーマンを辞めるのも選択肢の一つかな?と考えるようになりました。

当時インターネットも使いこなせなかった時代でしたので、本屋さんに行っては近くでそのようなトレーナーなどの勉強ができる学校がないかどうかと自分なりに調べまくりました。

そんな時に「あなたも整体師になりませんか?」といったタイトル(はっきり覚えていないのですが…)の本を偶然見つけ、身体を動かすことも好きだし、専門的な知識を身につけるのも良さそうだなと思い、この業界へ足を踏み入れる決心をしました。

それからまた色々と調べた結果、個人的に技術や知識を学べそうだなと感じた福岡市にあった整体の専門学校へ入学を決意。勤めていた会社を依願退職し、専門学校へと入学したのです。

◯専門学校〜卒業〜修行の日々

専門学校へ入学したのちは目まぐるしく日々が過ぎて行きました。次々と結婚していく同級生を尻目に、昼は勉強、夜は深夜までアルバイトとフル回転の日々。まさか、大学を卒業してまでも勉強する日が来ることなんて夢にも思っていませんでしたが、それまで聞いた事もないような難解な医学用語に、頭から煙が出るような思いをしながら、どうにかこうにか授業についていく日々でした。

でも、サラリーマン時代とは違って全く辛くはなかったのです。

アルバイトで生計を立てていましたが、自分が選んだ道で、自分が思うように毎日を過ごすことに充実感を覚え、非常に楽しい毎日を過ごしていました。貧乏でしたけど(笑)

その後は勉強の甲斐もあって、整体師の認定資格、その後に再度入学した専門学校でも『柔道整復師』という国家資格も取得。長い受験勉強をやっていたように思いますが、この勉強を通じて本当にいろんなことを学びました。

さて、この職業の特徴としては資格を取得できたからっといっても終わりではないということです。

私が考えているのは、この資格や免許というのはこの仕事をやってもいいよという許可を得るようなものだと感じています。当然、許可を得たばかりの頃は人の体を触っても結果を出すことなんてできないのが実情でした。この時に「あ〜、結局一生勉強していかないといけないんだな」とやっと気付きましたけど(笑)

専門学校を卒業して、資格も取得してからは福岡市の整骨院や地元・長崎市、諫早市などの整骨院で10年以上もの間、様々な経験とキャリアを積んできました。現場での臨床経験はもちろんのこと、毎月福岡での勉強会に参加し、年に数回は東京や大阪など、全国で開催されるセミナーや勉強会へと通い続け、知識と技術の研磨に取り組んできました。

そこまでできたのは、社会人時代に味わったあの挫折感が全てです。

もう二度とあんな惨めで、苦しい日々を過ごしたくないというのが根底にあるからなのでしょう。あれだけやってこなかった勉強を、今では習慣のように続けている自分が少し不思議ではありますが、それらの苦しい日々も今を迎えるための必然だったのだと、ようやく思えるようになりました。

継続は力なり。という言葉の本当の意味を実感しています。

◯独立開業〜現在

2014年4月11日。念願だった独立開業を果たして現在に至ります。

特に最近は、仕事に勉強にスポーツに(最近では野球の他にマラソンにハマってしまいました)充実した毎日を過ごせています。スポーツをする人に限らず、痛みを抱え悩んでいる方々のサポートができる今の環境は、最高に幸せで、楽しい毎日です。相変わらず、全国のセミナーや勉強会にも参加しています。多分これから先も一生勉強は続けて行くと思います。終わりはないですし、まだまだ先へ進んでいこうと思っています。

この仕事を通じて、人生において大切なことをたくさん学ぶことができました。

整体・整骨のお仕事にはそんな魅力がたくさん詰まっていると思います。だから、毎日が楽しいですし、新たな発見もありますし、やりがいもあるのだと思います。これからも私は、皆様のお身体が健康と繋がり、笑顔と喜びに溢れる、豊かな毎日を過ごせるようにサポートして行けたらと思っています。そのために、今後ともコツコツと毎日を積み重ねていければと思っています。

『からだLABたかひら整骨院』を今後ともよろしくお願いします!